2012年01月15日
日向花アルバム ~3歳8・9ヶ月~
8月15日で、3歳9ヶ月を迎えた日向花さん
末期ガンで闘病中のじーじに、3人の孫

(他は6才の双子の男子)の中で「日向花が一番疲れる
」と迷惑人となり、じーじのお家は出入り禁止
となる
それまで一番チヤホヤされていた彼女が最も存在感の薄い夏

2泊3日(九州)、5歳のお姉さんに金魚のフンの様に着いて周り、自分もお姉さん気取りで「あたし、あたし
」とあたしブームが2週間ほど続き、セミよりもやかましく耳障りだった
夜も父の看病で、睡眠不足だったので、生気なくフラフラ
しながらやっと保育園に送りにいったのを覚えているが、彼女についての記憶がほとんどない
あんまりかまってやれなくてごめんね。
9月15日で、3歳10ヶ月を迎えた日向花さん
じーじの死を見守って皆が泣きじゃくっている時、一人冷静にせっせとティッシュを配って周った
「日向花ちゃんは泣かないよ
お母さんに怒られた時しか泣かないもん
」とケロリと言い、そのあっけらかん
とした表情に救われた
悲しみの中で皆を笑顔にする、その時ばかりは天使だった
(9月4日)
「ばーば、一人になっちゃったね
。じーじ、お野菜たくさん食べたら元気
になって、ばーば喜ぶよ
」小さいのに、人の悲しみがちゃんと分かっている
「じーじ、なんで病気になったの
」「どうして死んじゃったの
」「もういないの
」かつてないたくさんの難題が浴びせられた

大人も聞きたいくらいだから納得いかないのも無理はない

これこれこういう訳でお星様になったという事にした

「じーじ、天国
にいって、また赤ちゃんになってくるの
」生まれ変わりを簡単に話して少しは分かって貰えたみたいだが、「日向花ちゃん死にたい
また赤ちゃんになりたい
」とプチ自殺願望を抱かせてしまった
保育園で流行の赤ちゃんゴッコと違うんだから

朝起きて、おはようの前に「いくらご飯食べる
」という。朝起きれない時の最強兵器で、私の「ほら、いくらご飯食べるよ
」の一発でガバッと起きていくらに直行
ふりかけじゃないんだから、いつも当たり前にあると思われたら困る

忙しさ(よく言えば充実)を理由にそのまま終了するつもりでいたのだが、某読者の要望で、しぶしぶ数ヶ月前の記憶を引っ張り出して更新
後で面倒くさいのでなるべくサボらないようにしよう

2011年10月04日
あれから一ヶ月・・・嫁と舅のイイ話
9月4日、義理の父が肺がんで亡くなり早くも一ヶ月が過ぎた。
後から後から湧いてくるのはただ感謝の思い。
父と過ごした時間は、人生の中でも最も大事なものになった。
それを胸の内にしまっておくつもりだったが、いつか嫁に行く娘のために敢えて書くことにした。(長くなりそうな予感)
「くんこ、俺にも(気功)やってくれるか?」
それは亡くなる約一ヶ月前。それまでさせて貰えなかったのだが、痛みに絶えかねて身動きできなくなった父から初めての気功の要請だった。
一年前、父のガンを治すために取得した気功。でも、まだ痛みのない頃は、案の定半ばウザがられていた。
病院嫌いの父は通院をせず、水や免疫力を高める食事療法、温熱療法等ありとあらゆる民間療法を行っていた。
今年8月に入り、気がついた時には、去年の春に4センチだった肺の腫瘍は10センチほどに成長し、左の肺を潰し機能を失わせていた。腫瘍が気管を圧迫し呼吸も苦しかった。腹水は4リットル抜いた。
レントゲン写真を呆然と眺める父の後姿。家族は涙をこらえ医師の厳しい言葉を受け止めた。
それから、絶対に助ける!!と、毎日通い全力の看病を始めた。
痛みがあるところに気を通すと楽になるらしく、数分でウトウトし始めた。
それまでは、味噌汁と健康と食欲しか褒める所のない嫁だったが、苦しくなると呼ばれたりして、初めて必要とされた。
何時間も寄り添っていたので、よく話した。
特に『釣りの浮き(父の発明品)』を全国に売り歩く夢をキラキラと語ってくれた。
それを聞いて、何とか生きてその夢をかなえて貰いたい!!という思いひとつだった。
時計も忘れ、夜も徹して憎きガン細胞と戦った。
手に感じるガンの反応はまるで剣山を刺しているかのようにすさまじい。
どこがどれほど痛いのか、私の手が一番知っていたかもしれない。だからこそ離れられなかった。
気がついたら、身内だからという義理の感情ではなく、理屈なしに愛おしい存在になっていた。
嫁に来て4年。2年間の同居も経て両親とはいろいろあった。
弱い心で、半年間も顔を見れない時もあった。
父に寄り添う光景をいったい誰が想像しただろう。
でも本気で身を削ってでも助けたいと思った。自分の変化に自分で驚いた。
痛みが楽になった時、「くんこの効くなぁ。よくやった!」と力強く握手をして褒めてくれた。
徹夜で治療して朝方に帰る時「ありがとう」と胸の前に合掌してハグしてくれた。
昔のことを「あの時は悪かったな」と、予想外の言葉に抱き合って涙した。
亡くなる前日、看病する私たちへ「本当にありがとう」の筆談のメッセージ。
たくさんの生きた言葉が心に染みて、疲労も過去の確執も溶けてなくなった。
9月4日、薬を増やしたのもあって朝から一日中眠りっぱなし。胸の反応(腫瘍が気管と大動脈を圧迫)が特に強く、いつもなら一端下がれば治まる熱がその日に限っては上がり下がりの繰り返し。
今日の熱は手怖いな・・・。と内心焦りつつ、一日中ひたすら気功による熱を下ろす治療を施した。
手を休めるとすぐにまた熱が上がるので、片手で食べ物をつまみながら、約9時間、体温計と睨めっこした。
その日は、熱以外は手を焼かなかったので、髭をそり髪を洗い、揉んで足のむくみをとり、4人の女人でピカピカにして差し上げた。
いつもなら食事も交代制なのだが、その日は手持ちぶたさで、みんなでお茶を飲みお菓子を食べ、かつてない和やかな時が流れた。
19時40分頃、やっと熱が落ち着いたのを見届け、ひと息入れに一時帰宅。
その20分後、呼吸がおかしい!!早く来て!という電話に飛んで戻った。
到着すると皆の泣き叫ぶ声。
まさか!!!ウソだ!!
父は、私が到着するのを待たず、数分前に息を引き取っていた。
(この時、涙の渦の中で、3才の娘は皆にせっせとティッシュを配りその人生で一番イイ仕事をしていた。)
頼むから心臓動いて!!手をかざしても反応はない。
死んだんだ・・・。
つい20分前まで息をしていたのに。朝から一緒に頑張ってたのに。助けたかったのに・・・。
納得いかず、悔しくて父の足をバシバシ叩いてしまった。
でも、もし目の前でも死なれていたら、私はその時に助けられなかった悔しさを、たぶん一生引きずっていた。
すれ違う様に死目に会わなかったのは、父の最後の優しさか神様のお情けだったのかもしれない。
「これから、たくさんの人を助けていくよ」と、まだ温かいその耳元に誓った。
ついでの話だが、ガンは亡くなる前から死臭がして、死ぬと顔が黒くなるらしいが、何時間経過しても、臭いもなければ、顔も安らかでとてもキレイだったので葬儀屋さんはびっくりしていた。
父は、オムツではなく、亡くなる当日の朝まで自分の足で立って用をたしていた。主治医の先生は、末期の人でそれは普通考えられないと驚かれていた。
内臓もほとんどガンに侵されていたが、亡くなる前にオナラと、真っ黒な宿便がたっぷり出て、血尿は正常な尿に戻る等、回復の兆候もみられた。
そのレベルのガンであれば、モルヒネは通常最低でも60~100㎎は服用するらしいが、父は最後わずか16.8㎎。
肺ガンの最後は特に苦しく、たとえモルヒネを服用していても、最後は目を見開くほどらしいが、苦しみとは程遠い安らかな死だった。
家族の大きな愛の支えと、父の頑張りが、お医者さんも驚くようなたくさんの奇跡をもたらしたと思う。
この時代に自宅で、子供や孫達に囲まれ見送られた父は幸せだった。
介護は、家族を一枚板にし絆を深めた。私にも居場所ができた。
身をもって愛の修行をさせてくれた事、試練の中で強く育ててくれた事を心から父に感謝!!
パパさん、ママさんに知られたら怖いけど、せっかくラブラブになったのだから、来世で恋人ぐらいにはなってあげてもいいよ。
まだまだ心配かけるけど、これからも天国ではハラハラ見守って下さい。
パパさんの娘になれてよかった!!本当にありがとう!!
後から後から湧いてくるのはただ感謝の思い。
父と過ごした時間は、人生の中でも最も大事なものになった。
それを胸の内にしまっておくつもりだったが、いつか嫁に行く娘のために敢えて書くことにした。(長くなりそうな予感)
「くんこ、俺にも(気功)やってくれるか?」
それは亡くなる約一ヶ月前。それまでさせて貰えなかったのだが、痛みに絶えかねて身動きできなくなった父から初めての気功の要請だった。
一年前、父のガンを治すために取得した気功。でも、まだ痛みのない頃は、案の定半ばウザがられていた。
病院嫌いの父は通院をせず、水や免疫力を高める食事療法、温熱療法等ありとあらゆる民間療法を行っていた。
今年8月に入り、気がついた時には、去年の春に4センチだった肺の腫瘍は10センチほどに成長し、左の肺を潰し機能を失わせていた。腫瘍が気管を圧迫し呼吸も苦しかった。腹水は4リットル抜いた。
レントゲン写真を呆然と眺める父の後姿。家族は涙をこらえ医師の厳しい言葉を受け止めた。
それから、絶対に助ける!!と、毎日通い全力の看病を始めた。
痛みがあるところに気を通すと楽になるらしく、数分でウトウトし始めた。
それまでは、味噌汁と健康と食欲しか褒める所のない嫁だったが、苦しくなると呼ばれたりして、初めて必要とされた。
何時間も寄り添っていたので、よく話した。
特に『釣りの浮き(父の発明品)』を全国に売り歩く夢をキラキラと語ってくれた。
それを聞いて、何とか生きてその夢をかなえて貰いたい!!という思いひとつだった。
時計も忘れ、夜も徹して憎きガン細胞と戦った。
手に感じるガンの反応はまるで剣山を刺しているかのようにすさまじい。
どこがどれほど痛いのか、私の手が一番知っていたかもしれない。だからこそ離れられなかった。
気がついたら、身内だからという義理の感情ではなく、理屈なしに愛おしい存在になっていた。
嫁に来て4年。2年間の同居も経て両親とはいろいろあった。
弱い心で、半年間も顔を見れない時もあった。
父に寄り添う光景をいったい誰が想像しただろう。
でも本気で身を削ってでも助けたいと思った。自分の変化に自分で驚いた。
痛みが楽になった時、「くんこの効くなぁ。よくやった!」と力強く握手をして褒めてくれた。
徹夜で治療して朝方に帰る時「ありがとう」と胸の前に合掌してハグしてくれた。
昔のことを「あの時は悪かったな」と、予想外の言葉に抱き合って涙した。
亡くなる前日、看病する私たちへ「本当にありがとう」の筆談のメッセージ。
たくさんの生きた言葉が心に染みて、疲労も過去の確執も溶けてなくなった。
9月4日、薬を増やしたのもあって朝から一日中眠りっぱなし。胸の反応(腫瘍が気管と大動脈を圧迫)が特に強く、いつもなら一端下がれば治まる熱がその日に限っては上がり下がりの繰り返し。
今日の熱は手怖いな・・・。と内心焦りつつ、一日中ひたすら気功による熱を下ろす治療を施した。
手を休めるとすぐにまた熱が上がるので、片手で食べ物をつまみながら、約9時間、体温計と睨めっこした。
その日は、熱以外は手を焼かなかったので、髭をそり髪を洗い、揉んで足のむくみをとり、4人の女人でピカピカにして差し上げた。
いつもなら食事も交代制なのだが、その日は手持ちぶたさで、みんなでお茶を飲みお菓子を食べ、かつてない和やかな時が流れた。
19時40分頃、やっと熱が落ち着いたのを見届け、ひと息入れに一時帰宅。
その20分後、呼吸がおかしい!!早く来て!という電話に飛んで戻った。
到着すると皆の泣き叫ぶ声。
まさか!!!ウソだ!!
父は、私が到着するのを待たず、数分前に息を引き取っていた。
(この時、涙の渦の中で、3才の娘は皆にせっせとティッシュを配りその人生で一番イイ仕事をしていた。)
頼むから心臓動いて!!手をかざしても反応はない。
死んだんだ・・・。
つい20分前まで息をしていたのに。朝から一緒に頑張ってたのに。助けたかったのに・・・。
納得いかず、悔しくて父の足をバシバシ叩いてしまった。
でも、もし目の前でも死なれていたら、私はその時に助けられなかった悔しさを、たぶん一生引きずっていた。
すれ違う様に死目に会わなかったのは、父の最後の優しさか神様のお情けだったのかもしれない。
「これから、たくさんの人を助けていくよ」と、まだ温かいその耳元に誓った。
ついでの話だが、ガンは亡くなる前から死臭がして、死ぬと顔が黒くなるらしいが、何時間経過しても、臭いもなければ、顔も安らかでとてもキレイだったので葬儀屋さんはびっくりしていた。
父は、オムツではなく、亡くなる当日の朝まで自分の足で立って用をたしていた。主治医の先生は、末期の人でそれは普通考えられないと驚かれていた。
内臓もほとんどガンに侵されていたが、亡くなる前にオナラと、真っ黒な宿便がたっぷり出て、血尿は正常な尿に戻る等、回復の兆候もみられた。
そのレベルのガンであれば、モルヒネは通常最低でも60~100㎎は服用するらしいが、父は最後わずか16.8㎎。
肺ガンの最後は特に苦しく、たとえモルヒネを服用していても、最後は目を見開くほどらしいが、苦しみとは程遠い安らかな死だった。
家族の大きな愛の支えと、父の頑張りが、お医者さんも驚くようなたくさんの奇跡をもたらしたと思う。
この時代に自宅で、子供や孫達に囲まれ見送られた父は幸せだった。
介護は、家族を一枚板にし絆を深めた。私にも居場所ができた。
身をもって愛の修行をさせてくれた事、試練の中で強く育ててくれた事を心から父に感謝!!
パパさん、ママさんに知られたら怖いけど、せっかくラブラブになったのだから、来世で恋人ぐらいにはなってあげてもいいよ。
まだまだ心配かけるけど、これからも天国ではハラハラ見守って下さい。
パパさんの娘になれてよかった!!本当にありがとう!!
2011年09月14日
藤枝が生んだ海洋船舶画家 『上田毅八郎の世界』
藤枝が生んだ海洋船舶画家上田毅八郎の世界

海洋船舶画家上田毅八郎氏(91)が生まれ六歳まで過ごした藤枝は、その感性や好奇心、尋常ではない逞しさが養われた土地
そんな馴染みの深い藤枝で、絵画や模型など約80点を展示
メカに憧れ、夢中でエンジンを描いた少年時代のスケッチや
、過酷な戦場で上官の目を盗んで軍需郵便に胸躍らせながら描き溜めた軍艦のスケッチ、6回目の撃沈で死の淵から這い上がった戦闘シーン
の生々しい戦争体験の絵には、画家になるまでの奇跡のドラマがある
ボックスアートの巨匠としてその名を馳せた勇壮な軍艦、映りこみの美しさに目を奪われるクラシックー、子供をワクワクさせたSL、静岡の誇る富士山をバックにした客船など、その幅広さが伺える
これまで描いた絵は約6000点(選ぶのも一苦労
)。
一週間に10枚仕上げてしまうという、その神業的なスピードとテクニックはその後にも先にもおそらくその右に出るものはいない。
今回は、そんな怒涛の波のような画家人生をギュッと凝縮したような濃い展示
すべてはこの藤枝から始まった
★藤枝市博物館・文学館
★平成23年9月8日(日)~10月23日(日)
★午前9時~午後5時 ★月曜休館
★054-645-1100
★イベント
・みむ~ら博士と地球儀を作ろう 10月1・5日
・タミヤ模型工作教室 9月24・25日

海洋船舶画家上田毅八郎氏(91)が生まれ六歳まで過ごした藤枝は、その感性や好奇心、尋常ではない逞しさが養われた土地

そんな馴染みの深い藤枝で、絵画や模型など約80点を展示

メカに憧れ、夢中でエンジンを描いた少年時代のスケッチや
、過酷な戦場で上官の目を盗んで軍需郵便に胸躍らせながら描き溜めた軍艦のスケッチ、6回目の撃沈で死の淵から這い上がった戦闘シーン
の生々しい戦争体験の絵には、画家になるまでの奇跡のドラマがある
ボックスアートの巨匠としてその名を馳せた勇壮な軍艦、映りこみの美しさに目を奪われるクラシックー、子供をワクワクさせたSL、静岡の誇る富士山をバックにした客船など、その幅広さが伺える

これまで描いた絵は約6000点(選ぶのも一苦労
)。一週間に10枚仕上げてしまうという、その神業的なスピードとテクニックはその後にも先にもおそらくその右に出るものはいない。
今回は、そんな怒涛の波のような画家人生をギュッと凝縮したような濃い展示

すべてはこの藤枝から始まった

★藤枝市博物館・文学館
★平成23年9月8日(日)~10月23日(日)
★午前9時~午後5時 ★月曜休館
★054-645-1100
★イベント
・みむ~ら博士と地球儀を作ろう 10月1・5日
・タミヤ模型工作教室 9月24・25日
2011年07月15日
日向花アルバム ~3歳8ヶ月~

7月15日で、3歳8ヶ月を迎えた日向花さん
七夕の短冊にお姫様になりたい
と書き、織姫にも憧れている彼女に「じゃぁ、彦星様は、誰
」と尋ねると、「T君
」と即答
お父さんには内緒にしておこうね

父の日でお父さんを書いた似顔絵
。短い髪、丸顔、つぶらな目
も問題なし
。でも、まつ毛そんな長かったっけ

(実際には、重たいまぶたの下に一応短いのはある
)それを指摘すると「お父さん、まつ毛はえてるよ
」と自信たっぷりに言う。心の目で見ているのだろう
半分納豆で育ったと言っても過言ではないほど食べ続けてきたのに、急に嫌になり「納豆ヤダ!いくらご飯がいい
」と朝からふざけたセレブ発言
口などにネバネバがつくのが気に入らないらしい


姫だかアイドルだか知らないけど、納豆は庶民の味方、気取ってんじゃありません

何とかごっこでその世界に入っている時、はーい
と鼻をつまんだ様な、聞いていてむず痒い、超ぶりっ子
なお返事のやり時で話が進行する
保育園の懇談会で、流行の言葉が話題になり、どこの子も下ネタ大好きだと言うことが発覚、話し合いの中でウ〇コだの、チ〇チンだの
という言葉が恥じらいなく飛びかい、真剣ママ(10代)しゃべり場状態
最後は、上に大きい子を持つ先輩ママの「それは一時的なもので、もう少しすると言わなくなる
」という発言にママたち一安心
日向花さんは、都合の悪い事は何でもかんでも「~大っきらい
」というようになり、クラスでもプチ流行中
でプチ流行中で、プチイラつく
がまだそれなら許せる。でもいつかムカつく
を流行らせた奴がいたら往復ビンタじゃすまされない
早朝「お母さんの部屋(扇風機)暑い
」といって冷房ガンガン
の部屋に勝手に二度寝しにいく
ので、私が目覚めるとそこに彼女の姿はない
それまでは「寝るのはいつもお母さん、お父さんは5才になったら
」と強い意志を示していたのに、暑さにはかなわずあっさりとその拘りを捨てた
よほど快適らしく、ほっとけば朝ごはんも食べず昼まで爆睡

丈夫な私でも、一晩寝たら体調が狂いそうな極寒の部屋
で、普通に布団もかけずに寝られる彼女が信じられない
異常な熱がりぶりに前から薄々感じてはいたが、やはり彼女は人種が違う

環境に関わらず、知らない人とも5秒で打ち解けられる大胆不敵な反面、とても慎重且つ臆病
目に水が入るのがダメで、保育園でのプール映像
ではバシャバシャ
水が飛び交う中、キャー
と楽しんでいるふりをしながら、映ってる間(2,30秒)一人だけずっと目をつぶっていた(バレバレ)
虫
も苦手で、アリ一匹に怯えている
「みんな団子虫触れるけど、ひむかちゃんは触れないの
」とよく言っているので自分でも気にしている。花火の音もダメで、保育園のお祭りで花火の間、ずっと手で耳を押さえていた
ので、見かねた先生はずっと横に付き添ってくれた
私が2、3歳の時は、雷がなる中
、虫網を持って「くーこ、雷捕まえにいく
」と飛び出したそうだが、その娘としてはあまりに情けない
さて、この夏はどう鍛えてやろうか

2011年06月15日
日向花アルバム ~3歳7ヶ月~
6月15日で、3歳7ヶ月を迎えた日向花さん
ばーばに会うたびに「キュアメロディのお洋服(衣装)買った
」と2ヶ月間催促し続け、彼女の粘り勝ちによりついにそれを買ってもらった
私とは違い、ばーばは何でも買ってくれる人と知り、「ばーば、日向花ちゃんに何でも買っちゃうね
お金あるんだね
」と早くもお金の匂いをクンクン嗅ぎ付けている

最近の得意なおねだりは「〇〇は、素晴らしいものだから
買って~
」キレイな言葉
を使ってもダメよ
保育園で七夕にちなんで、みんな夢をとわれ「お姫様になりたい
」と答え、他の女の子たちもプリキュアかお姫様でだいたい分かれたそう。夢見る可愛い乙女たち
彼女たちの夢をかなえてくれるのは、どこもやっぱり、じーじとばーば

ちびまるこちゃんのおじいちゃんってどこにでもいるもんだと最近思う

お友達がお泊りに来ると、決まって「お母さん、あっち(台所)で寝て
」と私を遠くに追いやり、かっこつけて1人で寝れるところを見せようとする
でも、しばらくするとじりじりと寄ってきて「お母さん、やっぱり一緒に寝よぉ
」と結局は密着抱っこで寝る
初めての運動会
。じーじ、ばーば、父、母、皆総出で応援
注目のかけっこは、ダッシュというよりは、舐め腐ったジョギング

普段のダッシュの方がよほど速い

我が家では1番以外あり得ない
、来年に向けて特訓だ
プリキュアのお弁当箱(中身は「できない人が作ってもしょうがないでしょ!」とばーばが作ってくれた
)を持って意気揚々と遠足へ
お弁当を開けたその目は輝き「先生見て見て
」とお披露目
その嬉しそうな顔を見たら、来年はがんばって作ります
と宣言したいが、やはり期待は裏切れないので来年もばーばを当にしたい
お友達とは、たいてい衣装やおもちゃをめぐってもめる
・友「日向花ちゃんのキュアメロディ私も着たい、貸して
」・ひ「ダメ
だって日向花ちゃん着るんだもん
」・友「え~ん(号泣)

貸してよ~
」・ひ「ダメ
」こんなやり取りが延々15分ほど続き、最終的に日向花さんが導き出した解決策
「じゃ、明日買いに行くから、そしたらあげるね
」(母
)本気なのか、大人がよく使うその場しのぎの手口か知らないが、それでお互いに納得した様で仲直り

話題も瞬時に切り替わっていた

今のうち、たくさん喧嘩ををしておけば、将来下手な揉め事はしなくて済むのではと思い限界まで介入しないようにしている

保育園でたくさん踊りやお歌を覚えてきて、家ではボリューム調整は利かないものの、電源なしのエコなBGM

運動会でのお歌の発表では、誰よりも張り切り、顔をくしゃくしゃにして、どっかの怒鳴り散らしているオヤジの様に絶叫していた

音程もなく歌とは程遠いがヤル気だけは誇らしく思う

うちのトレーニングジムに見物に立ち寄ったお友達が、日向花さんのお父さんをみて、「何で日向花ちゃんのお父さんは、そんなに頭が大きいの
」(確かに、首は太すぎて頭に吸収されている)、そしてパワフルな太ももを持つ某女性会員に「どうしてそんなに足が大きい(太い)の
」と真っ直ぐな瞳
で問いかけられ、大人は返答に困った
生まれた時から筋肉の鎧
を纏った人の中で育った日向花さんにとっては自然の光景なのだが、ごく普通の環境で育ったお友達には、どんな生き物
の集団に映ったことだろう
日向花さんの場合は逆に、標準体系の人を見て「何でそんなに細いの
」と違和感を覚える時がくることだろう。お友達の正直な反応ぶりに、そこは世間一般とかけ離れた特殊な環境
だった事を改めて気づかされた
環境による感覚の麻痺は恐いものだ
2011年06月06日
上田毅八郎の箱絵アート集大好評!
戦艦のプラモデルの箱絵で知られる上田毅八郎(91)氏の戦艦画集(2011年一月下旬発売)が空前の大ヒット


この『上田毅八郎箱絵アート集
』は、発売からわずか一ヶ月で書店にて4000部が完売し、高値の画集としては異例の速さで再販決定
5月には、楽天の売り上げランキング画集部門で第2位を記録


買うのは、軍艦マニアや戦争体験者だけでなく、一般女性の衝動買いも

その声によると、迫力の絵画
の見ごたえはもちろんのこと、上田さんの波乱万丈
の人生に多くの読者が衝撃を受けている様子
今までいくつも画集は出ているが、今回のは、長期の取材
で、艦の解説なども上田さんの口から戦場体験を交えながら語られたものなので、その体感度は今までなかったかもしれない。「上田さんの画集を作ろう
」と仲間と夢を語った日から完成まで5年
。涙なくして語れないドラマもあった
日本は今大きな試練の中にあるが、生死をさまよい利き手を失いながらも絶望から這い上がって復活を遂げた上田さんの奇跡の人生があったように、この画集もまた日本の力強い復興
への希望の光になると信じたい
2011年05月15日
日向花アルバム ~3歳半~
5月15日で、3歳半を迎えた日向花さん
三者面談の先生のお話によると、入園当初は何で
何で
の連続で、皆でトイレの時は「え、何でトイレ行くの
日向花ちゃん今行きたくないもん」、着替えの時も「何でお着替えするの
」とツベコベいっていたが最近はすんなりできるようになったそう
マイペースで何でも納得しないと動かない性格だが、慣れない集団生活にも徐々に馴染んできた様子

従兄弟の啓太君はゴウカイジャーとやらに夢中で、お面をつけて「☆×△※◯
」とか言いながら、軽快な動きでカッコつけている

日向花さんは、「私プリキュアよ
」と棒を振って力強い足取りで啓太君を追いかける
。その騒音の中、無防備で天井を仰ぐ実沙季姫
(ご紹介遅れました。啓太君の妹で生後五ヶ月)
ゴーカイジャーVS
プリキュア
勝敗はいかに
保育園のお友達はオシャレのライバル
「〇〇ちゃんみたいに、こうやって結んで
」と髪型を真似したり、「ひむかちゃん今日はスカートなんだ
」と互いにファッションチェック
したり、指にピンクのマニキュアをつけていけば、翌日はお友達もつけてきたりして、お互いの変化に超敏感
。女の子は本当におませ
クラスの男の子をめぐって火花を散らす恋のライバルとなるのも遠くはない

ばあばの家から帰る時、お別れにやたらと時間がかかる
バイバイを手だけでなく、あんよでバイバイ、お尻でバイバイ、頭でバイバイ、顔、耳、首、お腹など全身のパーツを順に振り、玄関のドアが閉められるまでやっている


保育園で描いた母の日の絵
顔を埋め尽くすド長いまつ毛とピアス
に、バックは地面と空
他のお友達は一色で描いていたが、彼女だけ人の形を描き、いろんな色を使って描いていたと先生が教えてくれていたので、その日を楽しみにしていたのだが、絵を見たらまるで別人

ド長いまつ毛も、緑のピアスも私とは全然関係ない

それは完全にテーマを無視した暴走の絵
だったのだが、本人は「お姫様描いたの」をとても誇らしげ
最近お気に入りのギャクは、目をつぶりながらすまし顔で歩くのと、保育園で教わったばかりの『ヨーイ、ドン』のポーズ
で、ドン
の瞬間に腰を丸め、腕をブラブラとしなだれながら歩くというもの
シュールすぎて一部の大人にしかウケないのだが、これは面白い!という確信のもと、何回も自分でやって自分でウケている(自我自笑)

ステキなお姉さんを目指す日向花さんは「男の子は女の子の事(言葉)いっちゃいけないんだよ
」と言葉の違いにもうるさい
「行こう!」はそれぞれの言い方でどう言うのか聞くと、男の子の場合は「行こうぜ!」になり、女の子は「行きましょうか
」になるという
同時に保育園では、気持悪い
とか、きたねー
とか悪い言葉もちゃんと覚えてくる
裸足
がトレードマークの彼女は、お迎えに行くと真っ先に裸足になり園庭に飛び出してゆく
そしてそれを見たお友達も続いて靴下を脱ぎ始め、「ひむかちゃん裸足だから、私も裸足になる
」「ダメ、ちゃんと靴はきなさい
」と園庭でお友達親子はよく揉めている
裸足に慣れないお友達は歩くのにまだぎこちない
。日向花さんは、野生児リーダーとしてそんな柔なお友達をバシバシ鍛え上げていきそう
2011年04月15日
日向花アルバム ~3歳5ヶ月~


4月15日で、3歳5ヶ月を迎えた日向花さん

4月2日、保育園入園式
。もちろんジージとバーバも来てくれた
ところが、バーバっ子とはいえ、終始「バーバ、バーバ来て
」と父母は全くもって用なし。一見誰の子か分からない
私が寄り添うと「お母さんイヤ
嫌い
いらない
あっち行って
、バーバがいい
」とまで言われ、どんなひどい母親(ウソでもないが)だ
?、というクラス中の視線が突き刺さった
普段は私にベッタリのくせに、バーバの存在だけで、母親という立場は失落し赤の他人に。その場に及んで手のひらを返された

でも、そんな裏切りにあったにも関わらず、私の心は希望で満ち溢れていた

「あと2年・・・あと1年・・・もう半年
頑張れ
」とカウントダウンしながら自分を励まし、待って待って待ち望んだ保育園入園

その日から私の体は無重力

不思議なことに、保育園に迎えに行くと可愛さ・愛しさが増している

そんな素晴らしい生活に、我が子と自分におめでとう

初日の給食終了時、お迎え(慣らし保育)に行くとテーブルには2人取り残されていた
1人はまだお食事中、もう1人はデザートのオレンジの皮をしゃぶり続ける日向花さんだった

のん気
(初日から緊張感なさすぎ)にオレンジの世界に浸り、最終的には先生(あきれ顔)に没収されていた。始めはお野菜嫌い
葉っぱ食べない宣言をして嫌いなものを残していたが、3日目のお給食の時「嫌いなものは、先に食べてしまうと美味しいんだよ
」という先生の魔法の言葉とおだてにのり、嫌いなお野菜も完食するという奇跡がおこった
迎えに行くと時、彼女は献立の見本を指差しながら「これ食べて、お水飲んで、次この葉っぱ食べたの
」と得意げに話してくれ、先生も「今日もヒムカちゃん全部食べましたよ~
」と報告してくれる
保育園ではそれ以来連勝中だが、家では「お母さんの(料理した)葉っぱは嫌い
」と未だに食べてくれない
お歌
や、お山座り、お着替え、おトイレ、交通マナー
など、保育園で毎日いろいろ覚えて賢くなってくる
鈍行
から特急
に乗り換えたような、急速な進歩・成長っぷりに日々感激

「ヒムカちゃんってイエス
、ノー
がハッキリしてますよね
」どこに行っても言われてしまうこの台詞

将来、グズグズ歯切れの悪い日本に馴染めなかったら、さっさとアメリカにでも留学させよう

地震がきたら、テーブルの下に隠れることを教えたら、翌日の地震で、自らすばやくテーブルの下に身をかがめ言われた通りにできた
その冷静さと素直さ素晴らしい

お父さんがブラブラしていると(そうでない時も)すかさず紙とペンを持ってきて「ねぇ、◯◯描いて
」だの「も~、真面目に切って
(キレイに正確に)」とムチ打たれ描いたり切ったり貼ったり工作をさせられている
しかも、そのハードルがドンドン上がりお父さんもついに本気モード

ある時、彼女が「お父さんがプリキュア
を上手に描けるようにしてください
」と神様にお祈りをしていたので尚更手が抜けない
私は、そんな面倒なことは始めからゴメンなので、わざと期待に応えずヘタクソ(ただ本当にヘタクソ
)を演じてきたのだが、その甲斐あって「お母さんヘタクソだから、お父さんに描いてもらおっと
」と私をスルーしてお父さんに仕事がビュンビュン舞い込んでいる(狙い通り)
ある日突然芸術の神が宿り、それまで目も口も顔の輪郭すら描いた事がなかった彼女が、いきなり顔から全身を描きあげた
しかも、カラフル
に3体(モモジリコビト他)


色使いもキレイで

、パワフル&COOL
な絵が次々生み出され、トキメキの連続

いつかモノになるかも
と、かすかな期待もしつつ宝物として大事にコレクション
子育ては無限の可能性を秘めた宝探しなのかも


2011年03月15日
日向花アルバム ~3歳4ヶ月~
3月15日で、3歳4ヶ月を迎えた日向花さん
「うんといわないで
」と「うん」禁止令がだされ、私がうんと返事やあいずちをすると何故か怒りまくる
私も頑張ってみたものの、30秒で忘れてしまう

癖はどうしようもない。結局彼女も2日で諦めてくれた

ひらく、おしり、おとうさん等、簡単なひらがなをつづりで読めるようになり、歩いている時は、その辺の看板等の文字を片っ端から読むので移動にも時間がかかる
干からびたヘビのような、ウネウネのひらがなの「ひ」を書いた

「ひ=日」、やはりお日様の子だ

老若男女問わず、知らない人と一瞬でお友達になってしまう
たとえ相手が無関心でも関係ない
。いきなりダッシュで駆け寄られて戸惑うお友達も
振り向いてもらえなくてもキャッキャ言いながら並走したりするうちに、いつの間にかお友達

一期一会の精神でお年寄りとも会話が弾み、先日もどこかのおばあちゃんが「冷たいお手てね~」と手をさすって温めてくれた

そんな平和な光景に見ている心も温まった

コビトシリーズにハマってしまい、朝から、モモジリコビトだの、リトルハナガシラだの騒いでいる
プリプリいってお尻をふったり、頭を壁にこすり付けたり
、コビトの動作を真似したりするのだが、まず通じる人はいなくてウケ損ねている
CGのコビトが妙にリアルで、あたかもその辺にいそうな気がしてくるのだが、ちょっとした林があると、「あ、あそこにコビトいそうだよ
」と言ったり、コビト探索に公園に行ったりするほどまんまと騙されている
おっぱい、おしり、鼻くそ、鼻水、チンチン・・・お下品な言葉を執拗に連呼
「鼻くそと鼻水を混ぜるとホットケーキ
」と組み合わせいろいろでさらに気持ち悪さを増して喜んでいる
そんな事教えた覚えはない。一応私にも世間体というものがあるので簡便してほしい


22日~25日、沖縄の思い出
旅の間ずっとグラビアアイドルの撮影会
。「ねえ、写真撮って
」と海やお花をバックに短い腕を体に巻きつけたり、片足あげたり、お尻をプリッとしてみたり超ブリブリポーズで自ら撮影要請
国際通りで買った赤いハイビスカスのワンピースに、コロつきバッグを転がして歩き観光客オーラはビンビン

浜辺で、キレイな貝殻を見つけて手渡すと、「わあ、かわいい
」と言いつつポイポイ海に投げすてられた
波打ち際で遊ぶとき、小さな波や遠くの波にも敏感に反応し、まだまだ波が来る前から「キャー
」っとフライングして逃げてまくっていた
その後は、死んだように爆睡

そーきソバ一人前をペロリと平らげその食欲に父母は終始怯えた
「沖縄はあったかいから、ジャンバー着なかった
」「沖縄のお家(宿泊していたホテル)帰りたいなあ
」「大きいクジラさーん
小さいクジラさーん
て呼んだから鯨さん出てきたんだよ(ホウェルウォッチング)」とさまざま沖縄の思い出を語ってくれた
初めての作文、地震体験記
ひむかちゃんが じしん こわかった。おとうさんが じしんのとき ひむかちゃんをだっこしてくれました。おかあさんがあぶないあぶない。そしておうちもこわれちゃいました。もうじしんがこなくなった。そして、ぬりえをして、ジムもこわれなくて、そしてちょっとふとんをかけて、ひむかちゃんとおかあさんがねました。ひむかちゃんのおうちもこわれなかった。昨日はじしんあぶなくなかった。ひむかちゃんはこわがっています。(文:ひむか 書:母)
「東日本大震災」により亡くなられた方々へのご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様およびそのご家族の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
テレビでその光景に目を疑い、信じられない死者の数に日本中が絶句した。でも悲しんでばかりもいられない。日本が今後どうあるべきかを真剣に考える時がきたと思う。
終戦後、国民は日本を守るために命を捨て、平和の礎となられた方々(戦死者、戦没者合わせ約350万人)の思いを忘れ、誇りを捨て権利ばかりを唱えるデタラメな国にしてしまったけれど、今度こそその死(被災者)を無駄にしてはならない。
行き過ぎたエゴを反省し、神様から与えられた試練を乗り越えて、悲劇から日本を再建するチャンスに転じていかなければならないと思う。
多くの犠牲があったけれど、あの日から日本中が思いやりムードになった。バラバラだた心がまとまり出してきた。日本人にはご先祖様から受け継がれたすごいDNAが備わっていると私は信じている

いざ目覚めてスイッチが入ったら何でもできる

世界よ、見ていておくれ日本の底力を
いつか堂々と日の丸
を掲げてみせるから
東北ファイト
日本よ永遠なれ
2011年02月15日
日向花アルバム ~3歳3ヶ月~
2月15日で、3歳3ヶ月を迎えた日向花さん
「うんちなめちゃった
」と無差別に発し、その反応を楽しんでいる
誰に教わったのかきいてみると「○○君(5歳)に教わったの
」と正直に言う。保育園にいったら余計な事を覚えてどんな悪ガキになるのやら・・・

イクラ巻きを3つぺろり
。食べやすくちぎってあげようとしたら、「テキトーに食べるからいいよ
」と言う
イクラ様に対しテキトーとは何だ

よく行くネパールレストランの看板娘アニーちゃん(2才))と日向花さんにアヒルのおもちゃ
をあげて上手に遊んでいたのに、帰る時になって日向花さんが、アニーちゃんのアヒルまで握り締めてはなさない

店長のアニーちゃんパパは、「(持って帰って)いいですよ
」と言いながら泣き出しそうなアニーちゃんをなぐさめる
でも、子供には店側もお客もない

いくら説得しても応じないので、そろそろ本気で取りあげようと思った時、アニーちゃんがとうとう堪えきれず泣き叫んだ

すると日向花さんは、ハッと我に返ってすんなりそれを返した

なんとか一件落着(ごめんね、アニーちゃん
)したが、その後、自転車に乗りながら反省会
悪いのはちゃんと分かっているんだけど、つい欲張りになってしまう

おもちゃのベビーカー(高さ60センチ)にクマのぬいぐるみをのせて駅も電車も夜の繁華街も何処へでも繰り出し
、3、40分ほどの移動も普通にこなす
。階段の上り下りのもお手のもので、到着先では、きちんと折り畳んでマナーを守る。時々、無反応ではあるがクマさんに「どうしたの
?」と気遣い優しいお母さんを演じる場面もある
今ではおもちゃの域を超えた移動に欠かせない物となり、見る人は皆微笑んでくれるので、笑顔を与えるひとつの社会貢献だと思い、私も恥を捨て開き直りで歩いている

「ドア閉めて
」と私をトイレから追い出して、うんちから、水を流すまでを一通り自分で頑張った

プライドを傷つけてはならないので、確認できず信じるしかなかったが、取りあえず2月1日は一人でうんちできた記念日

夢中で遊んでいると、ついおトイレも忘れその場でお漏らし
一日、3~4枚のパンツが犠牲になり、ベランダにはたくさんのパンツがぶらぶら干され、それはそれは恥ずかしい

ことわざカルタで、ひらがなとことわざを遊びながら覚えてしまった
。ひらがなを見ると「て」なら「鉄は熱いうちにうて
」とその字から始まることわざを言う
電車でも『ウソつきは泥棒の始まり
』とか『灯台もと暗し
』等の、説教くさい文句で大人をドキっとさせている
一番のお気に入りは『もろ刃のつるぎ』で、カルタが始まる前から手にキープている(ルール違反
)
駅前で配られるチラシを、ゴミになるだけなので私はあえて貰わなかったのだが、彼女はわざわざ貰いに行き「お母さんもらえなかったね。日向花ちゃんは子供で可愛いからもらえたんだね
。」と誇らしげに言う
以前は、お散歩中の犬を引き止めては自分から舐めてもらっていたのに、「ワンワン、日向花ちゃんが、可愛いからペロペロしちゃうんだよぉ
」と最近は舐められるのを避けている。世界は自分を中心に、その可愛さ
ゆえに回っている、と錯覚し何を言っても許されるのは今だけ
痛い時、寒い時は「日向花ちゃん頑張ってお腹に力いれるから大丈夫
」といって乗り超える
三つ子の魂百まで
人生逞しく生きてくれることだろう
2011年01月15日
日向花アルバム ~3歳2ヶ月~
明けましておめでとうございます本年もよろしくお願いします
1月15日で、3歳2ヶ月を迎えた日向花さん
クリスマスの夜
、我が家にもサンタさんがきた
夕飯中に、シャンシャン
と鈴の音(荒川おじさんが打ち合わせ通り鳴らすタンバリン)が聞こえてきて「あれ、何かきこえるよ
何だろうね??外見てみよっか
」とお父さんに誘導され、恐る恐るベランダを覗くとそこには(事前に置いておいた)色気のない白いビニールのショルダーバッグ(自前)
中には、念願のプリキュアの衣装と、振って音色を奏でるタクト

即効で着ていた服を脱ぎ捨て、2分で変身完了!ショータイム&撮影会始まり

「日向花ちゃん、これがほしかったんだぁ~
」とつくづく喜んでいたが、自分の欲しい物を知っていたサンタさんに尊敬の念を抱いたに違いない
たくさん痛いこと(転んだり)や疲れることをすると、強くなれるんだよ
という反過保護教育の甲斐もあり、転んだ時等は「転んだから強くなったよ
」と辛さや痛みをプラスに転じて逞しく育っている
以前はキックのジムの練習で、私がボコボコにされているのを心配して、「お母さん大丈夫?ひむかちゃんが助けてあげるよ
」とリングに上がって助けに来てくれたけど、最近は全て強くなるための一貫だと悟ったためか、「お母さん、頑張って
」とあっさりした応援だけで、悲しいほど気にしてくれる様子がない
指が痛いというので、お父さんが見てあげようとすると「触らないで
」とばっさり拒否
その瞬間小さく見えたお父さんだった

お風呂で繰り広げられるひむか劇場。登場人物は、キュアレディー(泡立てネット)とあやぱーという生き物(ピンクのコップ)
台詞は全て彼女から与えられ、そこに言論の自由はない

ストーリーはドーナツ屋か、ディズニーランド、等の公園に向かい、その途中であやぱーが溺れるか崖から落っこちるかして、日向花さん演じるキュアベリーが救出するという流れ

優雅で美しいプリンセス系
から、正義のヒロイン系
に憧れがが変化している
家族3人揃って食卓を囲む事に拘り、集まるのが遅いお父さんを「お父さん早く食べようよ
」と急がせる。家族間が殺伐とした現代においてはそれも大事だが、それだけですまない。
「一緒に食べよ
」「一緒に飲もう
」と口に運ぶタイミングまで合わせたがり、これでは連れションならぬ、連れ食い、連れ飲み。ご飯くらい自分の好きなタイミングで食べたい

プリキュアの衣装を家で着て踊りまくるのはもちろんのこと、それをどこに行くにも持ち歩き、行った先々でいきなり変身
周りの人は目を白黒させているが、彼女の中では私服同然。
ド寒くて鳥肌ビンビンなのにオシェレのためなら関係ない様子

頼んでないのに歌って踊る出張アイドル
は、マイクとアイスクリームは、一度持ったら離さない
カラオケ大好き。そのシルエットは、まるで何かのオーディション

「エントリーナンバー
番、となりのトトロとハートタッチプリキュア
を歌います」
プリキュアのグラビアをみせられ、「お母さんこれになって
」と無理な頼みをしてくるのだが、私に全くその気がない事を知り、プリキュアを見せながら「お母さん、ご飯をいっぱい食べたかこれに似てきたよ、ほら
」と過ぎたお世辞で私をその気にさせようとする。
じいじ、ばあばの家で楽しく遊んでいる所を迎えにいくと、帰りたくない彼女は「じいじ、日向花ちゃんとまだ遊びたいの
」とじいじのせいにするが、疲れたから一刻も早く帰って、というじいじの心の叫びが聞こえてくる
自分から、じいじに、「じーじ、プリキュアになりたいの
」とふっておいて、「なりたい
」と答えると「だめだよ
だってじいじ男の子だから
と叱ってからかっている
「日向花ちゃんに、白雪姫とアリエルのどっちが好き
ってきいて。」と人にわざわざ質問をさせる。そして、「お母さんは
」と聞かれたとき、彼女と同じものを支持しないと納得しない
まるで中国共産党の言論統制だが、このままいったら間違いなく女帝と呼ばれる

1月2日 ジムの人達と高尾山に登る
日頃から畏れている天狗さまを前に「ご飯も食べて、お風呂も入って、絵本も読んで、お洋服も着て(その他モニョモニョ・・・
)」と長々良い子になる新年の誓いの祈りをしていた
それについては、期待するだけ損だが、とにかくこの一年も無事に過ごせればれで良い


神様、この一年も、このお転婆娘(誰に似たのか
)をどうかお守りくださいませ
2010年12月15日
日向花アルバム ~3歳1ヶ月~
ディズニーシーで、憧れのジャスミンを発見
猛ダシュで追いかけ
、ジャスミンと初対面するなり、よそ行きの顔に早変わり
お得意の傾きぶりっコポーズでパチリ


「お父さんとお母さんと日向花ちゃんで何人?
」と尋ねると、指を3本たてて「さん」と答え、次に「お父さんと日向花ちゃんだと?」と聞くと指を2本で「に
」と答え、次に「日向花ちゃんだけだと?」と聞くと指1本で「いち
」。最後に「誰もいないと?」と聞くと手をゲンコツにして「ぐー(ゼロ)
」と全問正解
鳥は自分の卵の数を把握しているらしいので、取り合えず算数のレベルは鳥と並んだ

ジムの荒川おじさん(赤ちゃんマニア・お世話係り)のお膝でユーチューブを鑑賞したり、用もなく座りにいく
その理由は「だってあったかいんだもん
」とのこと。そう、おじさんのお膝は暖をとるための肉ヒーターだった

最近よくジムに寄りたがる理由は、パソコンでプリキュアの絵をダウンロードしてプリントしてもらうため
ジムに行くと一直線にパソコンに向かい、お父さんか荒川おじさんに頼むのだが、特に荒川おじさんにやってもらった時は、用が済むと、顔も見ずにさっさとバイバイして帰る

近頃このように便利におじさんを活用する姿が目立っている

駅のエレベーターに我先にと駆け込み、突き指しそうな勢いで『開く』ボタンを押し、人が全員乗るまで親切にも長押し
おばあちゃん達に、「えらいわねぇ、ありがとうねぇ
」と褒められて満足×2
赤ちゃんの人形を抱いて、ゆらゆらビュンビュン
、横Gをかけて激しくゆらした後、そっと布団に寝かせようとしていた
私はそんなに乱暴に抱いた覚えはないけれど、なんとなく自分がされていた事を思い出したのだろうか

因みに赤ちゃん(人形)の名前は「みどて(苗字)赤ちゃん
」で、ジャスミンは「みどて ジャスミン
」だそう。きっと彼女にとっては皆ファミリーなのだ

ぬいぐるみやお人形の他、クシやペン、絵の切り抜き、アクセサリーといったガラクタにも命を吹き込み、おままごとの登場人物や仲間として生き物同様に扱う(接する)
よく一緒に寝て、翌朝は体の下敷きになっていて、ゴツゴツの寝心地の悪さで起きる

「おしっこ
」と知らせてくれるのはありがたいが、いつもギリギリ
トイレ
に駆け込み便器にまたがるなり、ジェット噴射の如くに飛び出すおしっこ
「出ちゃうかとおもった~
」とつくり笑顔で人の顔を覗き込みながら言う。でも、そんな時は大体ちびっていてパンツが濡れている
そう簡単に大人はごまかせないよ

明らかに萌え系のフィギア(ちょっとエロい)を、プリキュアのキャラクターだと思い込み、一番のお気に入りとして、いつも持ち歩いている
騙されていて気の毒でもあるが、間違っても私が苦手とするそっちの道に行かないよう祈るばかり。元はと言えば、私のいない時に、ポイント稼ぎのためにUFOキャッチャーで取ってしまったお父さんが悪い

以後、厳重注意

2010年11月15日
日向花アルバム ~3歳お誕生日~
七五三で神社に参拝の祭、手を合わせ「ありがとうございます
」と言いながら深々とお辞儀をした
お祈りは、ついお願い事の方が先にでてしまうものだが、その前にまず感謝
というお祈りの礼儀をよく心得ている
。大変よくできました
3歳になると何か劇的な変化があると期待していたらしく、だいぶ大きめの服を指差し「日向花ちゃん、3歳になったらあのお洋服きる
」。大きすぎる自転車を指し「3歳になったら、こういう自転車乗る
」と張り切っていたが、実際に3歳になってみて、あれ、3歳って意外に普通じゃん?と思ったかもしれない
「お母さん、まだ寝てて
一緒に寝ないと日向花ちゃん迷子になっちゃうから
」という理由で添い寝を求め、意を決して起き上がった私を、再び眠りへと引き戻そうとする
誕生日プレゼントでパンツ8枚ゲット
。プリンセスやミニーちゃんの絵柄でトイレトレーニングのやる気は一気に上昇
「おしっこ出る
」とせっせとおトイレへ駆け込み、なんと勢いでその日にオムツ卒業
。その単純さ凄すぎ
今まではおねだりされても何だかんだ危機を切り抜けてきたが、あの時は本気度がそれまでと違い死んでも放すもんか
と言わんばかりに目の色かえてティアラのお姫様グッヅ
をガッシりと両腕で抱え込んでいた
だいたい娘の言いなりのお父さんは、すでに買うような空気をかもし出し、私も心が折れかかったその時、突如電流のごとく閃きが走った

さも、箱の裏に書かれているかの様に「あれ、ここに『5才から』って書いてあるよ
。日向花ちゃん何才だっけ
」と尋ねると「日向花ちゃん、まだ2才だから
」とあっさり納得して手放した
どんなピンチも、最後まで諦めない事の大切さを再確認

「日向花ちゃん、今日はアリエル

」「今日はシンデレラ
」と誰になるかによって、その日の気分も服装も左右される日替わりプリンセス

ご飯の時「お父さん、お母さんまだいただきますしてないよ
」、電車のホーム
で「黄色いせん線側(外)歩いちゃダメだよ
、落っこちちゃったら日向花ちゃんが助けてあげるよ」と、人の行動をよく見ていて、ここぞという時に上から目線でお説教
その前まで、塗り絵といえば一色で燃え盛る炎の様にただ力強く
塗りつぶしていたが、憧れと美意識
が高まったせいか肌は肌色、髪は黒、口は赤
(はみ出して壮絶な血だらけの口元
)とパーツごとに、ドレスもカラフルに塗りわけし、急速にその腕を上げた
完成したお気に入りの塗り絵は、ノートからビリビリ切り離して
(使い方間違ってる
)持ち運んだり、冷蔵庫や壁にはってミニギャラリーを展開している
誕生日プレゼントは、憧れのプリンセスの自転車
車体はもちろん真っピンク
。プリンセス6人が描かれ、あちこちにキラキラの装飾が施されて、ちっちゃいくせに超ゴージャス

彼女にとって唯一の財産であり、うっとりと愛車を眺めては優雅に運転してご近所一周するのが何よりの楽しみ

以前はミッキーやミニーでさえ拒否していた私が、しぶしぶ彼女の趣味に合わせるうちに、いつしかそれが空気のようなものになった
そして次はプリンセス

。これも私の感性とは程遠いものだったが、最近ようやく慣れたところだった
すると、今度はプリキュア
プリキュア
と騒ぎ始めた。ぶりぶりのアイドルキャラが苦手な私には目障りで仕方ない

それに、時の流行にのってる感じもなんか気に入らない

これから長い付き合いになるであろうプリキュア
。前向きに免疫をつくるとするか・・・。

2010年11月11日
沖縄を守れ!!
日本を愛する皆さまへ
いきなりですがまずは↓の映像をご覧ください。
中国海軍の犯罪の証拠 : チュオンサ諸島における惨殺
次に↓です。
あなたはこんな未来を望みますか?
これは、決して大げさでも他人事でもありません。
中国は大変危険です!取れるものは何でも盗ります。人殺しだって朝飯前です。
しかし、日本国民にその危機感はありません。
日本が、今選択を誤ればこれも避けられなくなるでしょう。
尖閣諸島における漁船衝突事件などは、中国の巨大な野望からすれば単なる始まりにすぎません。
まだまだ本性を明かさない中国。そして中国からおこずかいを貰って米軍を沖縄から追い出そうとする左翼勢力。それに踊らされる沖縄県民・・・。
しかし嘆いているだけでは、何も始まりません。
皆さんに何をしてというわけではありませんが、日本の危機に対して少しでもアンテナを伸ばしていて頂けたらと思います。
そして、もし何か目の前にやれる事がありましたら迷わず実行に移して頂きたいと強く願います。
一緒に沖縄を、日本を、アジアを守りましょう

PS:動画としては、とても悲しいシーンがありますが、事実は事実と受け止める勇気は必要ですよね
日本をこよなく愛する一児の母より

いきなりですがまずは↓の映像をご覧ください。
中国海軍の犯罪の証拠 : チュオンサ諸島における惨殺
次に↓です。
あなたはこんな未来を望みますか?
これは、決して大げさでも他人事でもありません。
中国は大変危険です!取れるものは何でも盗ります。人殺しだって朝飯前です。
しかし、日本国民にその危機感はありません。
日本が、今選択を誤ればこれも避けられなくなるでしょう。
尖閣諸島における漁船衝突事件などは、中国の巨大な野望からすれば単なる始まりにすぎません。
まだまだ本性を明かさない中国。そして中国からおこずかいを貰って米軍を沖縄から追い出そうとする左翼勢力。それに踊らされる沖縄県民・・・。
しかし嘆いているだけでは、何も始まりません。
皆さんに何をしてというわけではありませんが、日本の危機に対して少しでもアンテナを伸ばしていて頂けたらと思います。
そして、もし何か目の前にやれる事がありましたら迷わず実行に移して頂きたいと強く願います。
一緒に沖縄を、日本を、アジアを守りましょう


PS:動画としては、とても悲しいシーンがありますが、事実は事実と受け止める勇気は必要ですよね

日本をこよなく愛する一児の母より

2010年10月15日
日向花アルバム ~2歳11ヵ月~
10月15日で、2歳11ヶ月を迎えた日向花さん
親戚との食事の席で、グラス3杯のオレンジジュースを軽く一気に飲み干し、さらに「もっと飲む
」とほしがっておば様達を仰天させた
そんな時「大ちゃん(父)の小さい時もそうだったわよね
」と彼女とあの頃のお父ちゃんを重ねて懐かしがられるのは聞くに堪えない
お出かけ前に「お父さん、日向花ちゃんと一緒に行かないとダメだよ
迷子になっちゃうからね
」と娘に言われるお父さんはちょっぴり小さく見えた
「赤ちゃん
」と可愛がっているぬいぐるみを洗って洗濯バサミで干したら「そんなことしたら痛いでしょ
抱っこして
」とひむかママに怒られた
。彼女にとってぬいぐるみも生き物同然でした。
反省・・・。
着物とドレスで七五三の写真。「白雪姫になりたい
」という念願の夢がかない、白雪姫に変身しルンルン
でスタッフのお姉さんの意のままに操られて撮影はスムーズに終了
夢心地であっという間だったが、時間を見れば確かに2時間半が経過していた

それから一週間後のディズニーランドでは、再びあの魔法にかかるためにそのドレスを買ってしまった

それまでは、子供にドレスを着せるのは所詮親の自己満足だろうと、その親バカぶりを理解できなかったのだが、意外にもあっさりその偏見は覆された

白雪姫の彼女は、口数も少なくお澄ましモード

一緒に写真を撮らせて
というお姉さん達にもアイドル気取りで快く答える
。世界が一段と輝いて
見えていたことだろう。その間親バカ達は、他のコスプレチルドレンがやたらと目に付き
、すれ違い際には「うちの子の方・・・」と内心微かな火花を散らす
白雪姫の歌声のする滝で優雅にうっとりその世界に浸っていたかと思うと、突然その周辺を全力疾走始めた
何かと思えば、白雪姫が森の暗闇で恐怖から逃げ惑うシーンを演じているのだった。ちょっと転んだりしてなかなか芸も細かい。その後靴擦れに泣く事もしらず、夢中で走り続けた

白雪姫がお花を摘む様に、彼女もそのつもりで花壇のお花を両手で鷲掴み
。ハッ
と慌てて待ったをかけると、「白雪姫やってるよ
(何でダメなの?)
」と納得いかないのも無理はない。
いつもだったらすぐにベビーカーに乗りたがるのに、白雪姫の時は「大きくなったお姫様
だからゴロゴロ(ベビーカー)乗らないの
」とプリンセスのプライドにかけ長時間を歩ききって完全燃焼
帰りの車では乗り込んだ瞬間に死体のように寝た

もちろん、それからと言うもの家では毎日白雪姫
ご飯の時、お出かけの時、寝る時等、何とか説得して脱がせなければならないのだが決まって「だって白雪姫は、お洋服着て○○もするよ
」と抵抗して脱ぎたがらない。こうなる事は充分予測していたがとても面倒。早く飽きないものか

「お母さん、髪長くなって、こういうスカートはいて
」「お父さん、小人になって。小鳥(白雪姫で登場する最小の脇役)になって
」と無理な注文をつけてくる
ホテル内の浴場
で入浴後、一瞬目を離した隙にその姿が消えた
浴槽も脱衣所もグルグル探し回ったあげく、遠く離れたフロントロビーですッポンポンで捕獲されていた

尖閣諸島での漁船衝突事故
では日本政府の情けなさに泣き
、中国の横暴に対する怒り
は、私を大規模な2つのデモ(その①、その②)へと足を運ばせた
尖閣諸島は日本の領土だ
M政権は弱腰外交をやめろ
中国の横暴に屈するな
日本をなめるな
と拳を突き上げ声を嗄らせた
参加者は、血の気の多い中年のオジサンばかりと思ったら、意外にも若者が多く子連れの姿も珍しくはなかった。
皆普通の人達で、ごく普通の事を言っている

仮に国規模の話を小さく身近に例えるとこんな感じ?
誰か(米
)が守ってくれるわけではないから、自分の子供(国
)は自分(自国)で守ろうよ
家(領土)にはちゃんと表札(主張)を掲げ、ちゃんと戸締り
(防衛)しましょう
捕まえた泥棒(中国)は反省するまで逃がしません

当たり前すぎてバカバカしい・・・

でもその当たり前が通用しないのが今日の日本

奇妙な事に都内で行われた2500名を超える戦後最大の2度にわたるデモを日本のマスコミは黙殺

国内では一切報道されなかったが海外メディアは取り上げた

そして5800名まで膨れ上がった3つ目のデモが、ようやく国内新聞2社に取り上げられたが、左翼のデモならたとえ数十名でも報じられる
何の特があってか知らないが、左翼ひいき、アンバランスにもほどがある
。それほど日本に興味がないのなら、どこの国目線か紛らわしいのでいっその事、中国語や韓国語でやったらいい。真実は、自ら求めなければ得られない

ヨダレを垂れ流す中国に日本が侵されるのを、指を咥えてみているのはゴメンだ

行動あるのみ
ベビーカーを転がしてどこまでも戦うぞ

2010年09月15日
日向花アルバム ~2歳10ヵ月~

9月15日で、2歳10ヶ月を迎えた日向花さん
「ブラジャンつける。いちごのおっぱい
(ビキニ)つける」といって、家ではブラ(写真↓ばーばの)やビキニ(子供用)の常夏スタイル
それが開放感と美
を追求する彼女の究極のオシャレ
もちろん、外出時も下着として着用

託児所の先生にも「キャー
、ひむちゃんカワイイー
!ませ過ぎ~
」と大人気。そして、心許した人にだけ「シェケポンポン」の腰(ポンポコのお腹)振りダンスを歌って踊る

眩しく輝き
、言葉にならない可愛さとセクシー(?)さ
カメラをむけるとらにテンション


どうしたことかおっぱい大好き
いつでもどこでもおっぱいを唱え、さらには歌まで歌う
水着売り場のマネキンやポスター等にも過剰に反応して喜んでいる

正真正銘のおっぱい星人。
早く大きくなりたい
きれいなお姉さんになりたい
と夢見る彼女には、それが憧れの象徴なのだろうが、授乳の用もなくなり産前よりもワンサイズダウン
して戸惑う私にはイヤミでしかない
お気に入りのビキニパンツを濡らさない為にと、自らせっせとトイレに行く
。以前十倍濡れた感じがするトレパンを試みて、全く涼しい顔
で過ごされて、効果がなくガッカリしたのだが、ここに来てようやくオムツ卒業への光が射した
おひめ様
ならぬ、おしめ様と呼ばわりされぬよう頑張らねば
白雪姫に夢中で会話も影響をされる。白雪姫が井戸に向かい美しい歌声で「ハハハハハ~
」と歌う場面があるが、その曲にのせて「お味噌汁~
」と歌いながらノリで食べせさせようとすると、「のまないよ~
」と替え歌で拒否された
我が家の食卓はまさにミュージカル

「これ食べたら白雪姫になれる
」、人の言動にも「白雪姫はそんなこと言わないよ
そういうことしないよ
」と何でもかんでも白雪姫基準でものを言う
おもちゃベビーカーにぬいぐるみの赤ちゃんドナルドをのせてお母さんになりきりおでかけ
。すれ違う人の眼差しは優しく笑んでいる
おせっかいな性格で電車やエレベーターで、会う人会う人に「しーだよ
赤ちゃん寝てるから静かにして
」と何も言っていない人にまで偉そうに注意。一番うるさいのはあなたですよ
カメラを向けると体を傾けて、ホッペにピースを押し当て瞬時にポーズを決める
可愛っ子ぶりっ子の度が過ぎておかしい時もある

カメラをおもちゃにされ、バシバシシャッターをきるが、写っているのはほとんどレンズを抑える自分の指。
しかも、遊んでいてこの夏の思い出のデーターを全て消された

そのショックは、この先半年は引きずる

小野田自然塾(2泊3日)
終戦を知らず30年間ルバング島で戦争
を続行していた小野田寛郎さん(88歳)の小野田自然塾キャンプ(福島の山奥)に参加
まず始めに集団行動においての時間意識のお話を頂いた

「遅れて人を待たせると言う事は、その人の人生をも無駄にする
」私は、過去の取り返しのつかない数々の罪を反省し、一生の心得として胸に刻んだ

生活は、ガスも電気もなく不便だが、喉が渇けば、近くに流れる沢の冷たくておいしい水飲み放題の贅沢があった

夜は、真っ暗闇の林を手探りで行くナイトウォーク。
小野田さんは当時、暗闇のジャングルは目をつぶって足の感覚だけで獣道を探って移動したそう(まさに神業)

皆、木や枝に体当たりしながら、鈍りきった五感をフルに働かせて闇と格闘するうちに、段々と目が見えてくる感覚を体験した

名物イベントのサバイバルゲーム
。背丈ほどの草の生い茂る広場に隠された食材を、猟犬(班員)が見つけてハンター(1人)に知らせる。ハンターは、声のする方に走り示された獲物
を収集するというルールで、その食材がその日の夕飯になる
持久力には自信があった私は、自らハンターを名乗り出て、母は強し
の名のもとに、この時ばかりは鬼
になり無心で走り回った
結果、我班はブッちぎりで売れるほどの食材をゲット

観戦者は、「あれは、とても2歳の子供のいる動きじゃなかった
」「すさまじいフットワークだった」とのこと
『自分の身は自分で守る
』小野田さんの口から出るその言葉は重みがちがう

守りに徹した小野田さんだからこそ、『自分の国は自分で守る
』からは程遠い今の日本を誰よりも嘆かれているはず
小野田さんのお顔や言葉は、とてもお優しいのだが、ピンっ
と伸びた背筋が、生と死の狭間で信念を貫いてきた小野田さんの生き様その物の様で鳥肌モノのカッコ良さ
参加資格が10才~なので、もう8年後に娘と参加する日を夢見ている
(小野田さん、まだまだファイトです
)。2010年08月15日
日向花アルバム ~2歳9ヵ月~

8月15日で、2歳9ヶ月を迎えた日向花さん
電車で見ず知らずの可愛いお姉さん の隣にピタリと座って興味深々に「これ何~?
」とオシャレアイテム
をチェックをしたり、「あれ見て
」と景色を一緒に見たりして、馴れ馴れしくさも当たり前の様に会話を弾ませている。オシャレでメイク
にも気合の入ったお姉さんがタイプで、ターゲットを確認
すると「あの可愛いお姉さんの所にいく
」と大きく宣言
してナンパしに車内を移動するので、スルーされた方々には気まずい
子供の正直さは実に残酷

道に落ちているゴミを「誰か悪い子がポイしたね」と言いながら拾う。そのボランティア精神には感激
だが、一方で、だったら家で散らかしたおもちゃもちゃんと片付けようよと言いたいのもある
人に会って第一声で「せっかく髪長くなったのにぃ
」と髪を撫でながら言う。何のアピールか知らないが、色気づくにはまだ早い
「かわいいヘビ(空想上のヘビ)いるかなあ
探してみよっか
」「かわいいヘビさんに抱っこしてもらいたいね
」「かわいいヘビさん描いて
」とまるでとり付かれたかの様に、謎のヘビに夢中

「おっぱいつけてぇ(大きいの)、スカートはいてぇ、ハートのリボンつけてぇ、お手てつけてぇ・・・」と彼女の注文通りに、そのヘビを描くとわけのわからない化け物になるのだが、その絵をずっと大事そうに持っている

となりのトトロにはまっている
日向花さんがメイちゃんそっくりで、「メイお姉さんみたい~
?」のセリフなんかも彼女そのもの
トトロの実写版があったらメイちゃん役は、おそらく彼女の右に出るものはいない

私の子供の頃は、サツキのお姉さんぶりを憧れ
の目で見ていたものだが、今は親心
で観る新鮮な感動がある
しかし、子供の心を知り尽くす宮崎監督は改めてすごいと思う

神々の天孫降臨の地、宮崎
昔の『日向』という国の名前からずっと縁を感じてはいたのでやっと念願かなっての旅

実際、『ひむか神話街道』などがあり、あちこちで『ひむか』の文字も見られ、それだけで大歓迎させてる感じ

「あるこ~あるこ~私は~元気~
(トトロ)」を歌いながら力強く山道も神社の石段も行き、「大きな木=トトロ」で終始その世界をリアルに体感していた
数をこなしているだけあって、参拝の流れもバッチリ

噂により、かなりの暑さ
を覚悟していたが、森とセットの神社ばかり回ったので、常に涼しかった
キラキラと流れる水に目から心まで洗われ
、木や岩やコケ、その全てが生き生きと潤い、神々の呼吸の中にいるような一体感
一度味わうともうやみ付き。まさにオアシス。天国に最も近い場所

宮崎から帰った日向花さんはやる気も食欲も倍増
して一段とパワフル
。やはり彼女にとってそこは魂の故郷なのかもしれない。(行った所
→霧島神宮、高千穂牧場、青島神社、青島海岸、宮崎神宮、江田神社、みそぎ池、平和台公園、海軍発祥の地、天岩戸神社、天安河原、荒立神社、高千穂神社、天真内井、夜鳴き石、高千穂峡、国見が丘)
8月15日靖国神社参拝
。閣僚さんがみんなそろって仲良く欠席する一方、そんな情けない国のリーダー達に痺れを切らした人たちも押し寄せ神社の参道は参拝者の波で埋まった
祖国(大切な人)を守るためにたった一つの命を投げ出してくれた方々への感謝
という当たり前の気持ちがこの国では何故否定されるのか
子が親に感謝を忘れた時、あるいは親が子に愛情を忘れた時、耳を塞ぎたい悲惨な事件が起こる

それと同様に、国民(子孫)が先祖や英霊に感謝を忘れた時、そして先祖や英霊が国民に愛想を尽かした時、国は滅亡
に向かうと思えてならない
せめて、戦争体験者がいなくなってしまう前に、その関係を少しでも取り戻してほしいと、いろいろな思いを抱きながら黙ってそれを貫かんと靖国神社に必死に足を運ぶお年寄りの姿を見て思った

日本よ、永遠なれ
2010年07月15日
日向花アルバム ~2歳8ヵ月~
7月15日で、2歳8ヶ月を迎えた日向花さん
我が家では、おむつを履かない時やねんねしない時等は、お化けさんや鬼さん達が大活躍
彼らから電話がかかってくる事になっていて、着信を装い「はい、鬼さんですか?日向花ちゃんは、まだおむつ履いていません
」と芝居をする
すると日向花さんは顔色を変えて、一瞬でお利巧モード

あとゲゲゲのキタロウの『ゆうこと聞かない悪い子は~
』の歌も効果的
そして彼らは、良き教育係りであるだけでなく、家の近くまで来ていた彼らを、お父さんが追い払うというカッコイイ父
を演じる芝居の架空の共演者でもある。一度お礼を言いたいほどありがたい
死ぬほど愛していたチュッチュ(おしゃぶり)を託児所に忘れてきたのをきっかけに、この際卒業してしまおうと試しに挑戦
今まではそれなしでは、寝られなかったのだが、寝るのに時間
がかかろうが、夜中に多少喚こうが、「チュッチュは忘れてきたからお家にないでしょう
」と何度も言い聞かせ、あと少し
、もうちょっと
とやっているうちに完全に卒業。やればできるじゃん!ひとつ自信になった。聞くところに寄るとお父さんは、5歳までしていたそうだから、今のところ出世リード

他にも履物があるにも関わらず、下駄(ゴツゴツと呼ぶ)を好み、飛んたり走ったり不思議なほど上手に履きこなしている
それを見たおばあちゃんや、おばちゃん達は珍しさと懐かしさと可愛らしさで大喜び

ブロッコリーをあげようとしたら「さっきお父さんにブロッコリーもらったからもういいよ
」とちゃんと断られて、(そっ、そうでしたか・・・それは失礼しました
)と思わず恐縮。
感性のままに歌って踊る
お得意は、『メリーさんのひつじ』。両手は平泳ぎで天を仰ぎ
、片足を上げてつま先で伸び上り優雅に舞う
本人はバレリーナか妖精のつもりだろうけど、どう見ても何かの怪しい宗教儀式。
でも見てると何故か体の力は抜け
、幸せな気分になってしまう不思議な魅力
写真とって
と言ってお姉さんポーズを決める
顔を傾けて腰をくねっとさせたり、わざと目線を外したりしてみたり、まるで演技に目覚めた女優の卵

空手やキックの時、ばーばのお家で週2回、数時間預かってもらっているのだが、練習後ヘトヘトでやっとの思いで迎えにいくと、私の顔を見るなり「お母さん、エイヤー(空手)行って、お外行って
」と、人をグイグイと玄関まで全力で押し返そうとする
ばーばの家は、好きな物はいくらでも食べられて、たくさん遊んでくれて、何でも言う事を聞いて貰えて彼女にとってまさに天国

そして、迎えに来た私は敵
(とほほ・・・
)何を言っても聞かないのだが、食べ物が唯一の武器

「お家に桃があるよ
ヨーグルトもあるかな~
」と言うと、先ほどまでの抵抗がうその様に、すたすたと玄関に向かい、せっせとサンダルを履いてじーじとばーばにあっさりとバイバイ
最終的に食べ物で操られる、彼女の食への貪欲さには呆れるほどだ

2010年06月15日
日向花アルバム ~2歳7ヵ月~

6月15日で、2歳7ヶ月を迎えた日向花さん
赤ちゃんを見つけると話しかけたり、ほっぺに触れたり、ついていったりするが、殺伐としたご時世、みんながみんな器の広いママではないので、実は笑顔の裏でハラハラしながら見守っている
よく自分と歳が変わらないお友達に対しても赤ちゃん扱いをしてあなた何様
?と言いたくなることもある。年上振るのと同時に、「あー、あー、あー」と赤ちゃんの真似をして、だっこをせがんで甘える

いくらお姉さんぶっていても、まだまだ中身は赤ん坊

「がげぐごぐががー(かえるのうたがー)
」とガ行に変換して歌うのが流行り
人にその意味は理解されなくとも、自信満々に歌う

その隣で私は「頼むから普通に歌ってよ
」という願いもむなしく恥ずかしさに耐える
お父さんが一週間の不在中一度も「お父さんは
」と言わなかったのに、もうじき帰っててくる事を知らせると、「お土産もってきてくれる
?」と言い、帰って来てお土産を受け取るなり「お父さん帰って来て嬉しいねえ
」と2、3回言った(お世辞でなく本心である事を願う)
一週間父の名を呼ばなかったのは、思い出すと寂しくなるからだと、そう父は娘を信じている

ピンクのワンピースを着ているのを「お姫様みたいね
」と褒めたら、「ミニーちゃんみたいなお姉さんだよ
」と自ら褒め言葉を訂正しながらニンマリする

もしくは、「お姉さんみたい
」という答えを期待(強制)しながら「誰みたい~
?」とも図々しく聞いてくる。それも今だからこそ許されること
着替えやオムツ替えの等、気が乗らない時は「~すると鬼来るよ~
」と低い声で、脅しながら拒否をする
まるで、怪我や病気自慢のお年寄りの様に同情ほしさにとっくに痛がないはずの古傷を人に見せて、「ここ痛いの
」と怪我アピール。しかも「啓太がしたの」と自業自得の怪我を人のせいにするのでたちが悪い

だって~だもん、~なのよ、~って思ったのよ、まったくぅ~のに、~かどうか等と大人顔負けの巧みな言い回しに度々あっけにとられる
あとは、もっともらしい口調で、だらだらと長文を述べるが、内容はまるでPUFFYの歌詞みたいにほとんど意味不明

でも、その辻褄が合わない期間限定の可愛らしさがたまらない

ひとり集中してパジャマのボタンをとめる
なかなかうまくいかない時は、背中でイライラ
を語るが、下手に手をかすと怒るので限界の発狂
するまでほっとく。自力で着れた時、大体一段ずつボタンがずれているのだが、オムツもズボンもそのノリではいて毎度感動させてくれる

キックボクシングのジムに連れて行くと、リングに上がり、ぶかぶかのグローブをはめ「エイヤーする
」と言って戦いを挑んでくる
やられて倒れるふりや、ムエタイの踊りもしてなかなか芸が細かい

ぜひとも、学校ではいじめを撲滅する正義のファイターであってほしい

誰の影響か知らないが、自分の事をよく、「ボク」と言う。そういえば私も、反抗期の難しい年頃は、「オレ」と言っていたことをふと思い出した。母の感じていた違和感を今自分が味わっているのだな

左半身や股などに、水いぼがプチプチできた。それはウィルス性でかいて潰すと、広がるらしい

本人もけっこう気にしていたようなので、不安を煽らない様、なるべく私も気にしない振りをした

はと麦茶がいいらしいので、せっせと飲み、「イチゴのプチプチよくなる、よくなる~
」と言霊パワーで呪文を唱えながらお薬を塗ること、三週間、半年から一年は消えないと言われた水いぼが、みるみる治った
小さな事だがその感動は意外と大きい
。プールにも間に合ってよかった
2010年05月15日
日向花アルバム ~2歳6ヵ月~

5月15日で、2歳6ヶ月を迎えた日向花さん
日本むかし話の影響からか、私の事を『おっかぁ』呼ばわり。電車でも、ディズニーランドでも執拗に「おっかぁ
おっかぁ
」と呼び、「お国はどちらですか?」と尋ねられそう
右と左をいつも意識していて、「どっちが右(左)手
?ミニーちゃん持ってる方が右?」と動作の度に聞いてくる。左腕をぶつけた時も、そこを押さえながら冷静に「左が痛い
」と言ったのにはみんなでびっくり
マイケルジャクソンのスリラー
のお姉さんの「キャー
」の物まねを体を震わせ、金縛りの様に全身全霊でリアルに演じる
おままごとは、「ピンクのご飯だよ
白いご飯がいい
?」と人の好みを聞くまでにレベルアップ
でも、ご飯はやっぱり白いのがいいなぁ

すぐにも大きくなりたい彼女は、「これ食べると大きくなる
」といちいち確認しながらご飯を食べ、食後には「見て、大きくなったよ
」とイスの上に立って成長をアピール
大人への歳月は、彼女にとってあまりに長い

ピンクの他にもちっちゃい物も可愛い対象で、見つけると「あ
、ちっちゃい~だよ
」と急に妖精の囁きの様な美声になる
言う事きかない時の最終兵器は、「○○おばけ
来るよ」。寝ない時は、「ねんねしないおばけ
(どんなだ?)」、食べない時は「たべないおばけ
」と何でもお化けにしてしまう。すると一瞬でおりこうスイッチが入り後は操り人形

体の比率が、マンガに近いので、バカボンの「しぇ~!」が誰よりもさまになっている
足がつまずいたり、片付け時に、ミニーのぬいぐるみをホイッ!と雑に扱うと、それを見逃さず「痛い
」とその気持ちを代弁して怒る
「そんなに大事なら、ちゃんと片付けなさい」と言いたくもなるが、ミニーを愛する気持ちを汲んで私もまずは謝る。
「にっぽんのかみさまのおはなし」を毎晩毎晩読まされる
神話は教育において大事だと分かりながらも、毎晩だとさすがに私も飽きがきて、眠くもなる

ずるして、大幅にページを飛ばして読むこともあるが意外とバレない

とっくに治った古傷を指差し、「ここ、こんなに痛い
」とアピールして同情をかおうとする。
お花が笑っているよ
。そのキレイな感性に私の心も洗われる
可愛すぎる法被姿のチビ達が、ころころ、ちょろちょろ
と走くり回るのを眺め、ほのぼの幸せに浸った浜松祭り(5月3・4・5日)
お友達と小さな子供ネットワークを築き、彼らかなりに意思を通わせ、自然に発生したルールに沿って遊び回る光景にひそかに感動

子供が主役の浜松まつりであるが、日付が変わった時間
に、1、2歳の子が練りの中心でよいしょされていたり、目を爛々とさせ音に乗って飛び跳ねているのが、普通でない光景であることを親になって初めて実感
これこそが、遠州浜っ子の逞しさの原点
。ここから型破りの大物がきっと現れる
そう信じたい

